きょうさい対策ブログ

主に東京都・神奈川県・埼玉県の教員採用試験(教採)の対策にどうぞ。

【神奈川解説05】江戸時代の学校。昌平坂学問所-林羅山、堀川塾-伊藤仁斎、蘐園塾-荻生徂徠、鳴滝塾-シーボルト

日本教育史の対策について

神奈川教採の直近15年間で、日本教育史は5題しか出題されていません。2012年以降はまったく出題がありませんが、2018年にもし出題されるとすれば過去問と同様なものになる可能性が高いと思われます。一応対策しておきましょう。過去問の内容は以下の通りです。

2005年→江戸時代の学校

2006年→文章から誰の著作かあてる

2007年→明治の学校教育制度

2009年→明治の学校教育制度

2011年→明治の学校教育制度

 

2006年の著書の一部から著者を答える問は、相当な教養がある方以外は捨て問と考えてよいでしょう。そこで、日本教育史分野は

・江戸時代の学校

・明治時代の学校制度

についてだけ対策すればよいかと思います。今回は江戸時代の学校ということで4校紹介します。

 

覚えるべき江戸時代の4学校

1.昌平坂学問所-林羅山

昌平黌(しょうへいこう)ともいいます。創設者は林羅山儒学朱子学陽明学・古学に分かれるのですが、昌平坂学問所朱子学を教える学校でした。寛政の改革朱子学が正当な学問とされてから、幕府直属の武家の学校として最高の地位を占めていました。現在の東京大学の前身です。

 

2.堀川塾-伊藤仁斎

堀川塾は古義堂ともいいます。京都にあった、古学の学校です。ちなみに古学というのは原典に立ち返ることを重視する学派です。

 

3.蘐園塾(けんえんじゅく)ー荻生徂徠(おぎゅうそらい)

江戸にあった、古学の学校です。

 

4.鳴滝塾(なるたきじゅく)-シーボルト

洋学、とくにオランダの学問を教える学校です。場所は長崎。

 

以上4つの学校をまとめておきます。機械的に学校名と設立者を覚えておくだけでもよいでしょう。

江戸時代の4学校
(公的)
昌平坂学問所-林羅山
(私塾)
・堀川塾-伊藤仁斎
蘐園塾-荻生徂徠
鳴滝塾-シーボルト

 

では2005年の問題を1問だけやりましょう。

 

演習

(演習1)

次の文の( ア )〜( ウ )に入る語句の組み合わせとして正しいものを次の①〜⑤の中から一つ選びなさい(2005年実施37)。
寛永七年(1630)、儒官であった( ア )は、三代将軍徳川家光より上野忍岡に屋敷を賜り、ここに家塾(弘文館)を創設した。
 元禄三年(1690)、五代将軍徳川綱吉によって、神田台湯島に移されたこの家塾が、後の( イ )であり、幕府の教学の中心となっていった。
 規模・内容ともにこの時代を代表する教育機関であったこの学問所は、( ウ )のモデルとなった。また、江戸後期には、( ウ )の教官を要請する機能も果たした。

①ア 林羅山    イ 昌平坂学問所 ウ 藩学 

①ア 林羅山    イ 鳴滝塾            ウ 勧学院

①ア 伊藤仁斎 イ 堀川塾            ウ 藩学

①ア 荻生徂徠昌平坂学問所勧学院

①ア 荻生徂徠蘐園塾            ウ 藩学

 

(解)

→①

藩学=藩校とは地方の学校のことです。参勤交代制度で武士が中央(=昌平坂学問所がある)と地方にいったりきたりする時代ですから、地方でも学校が必要だったのです。藩校については弘道館(水戸藩)、明倫館(長州藩)、閑谷学校(岡山藩)などが有名ですが神奈川の教採対策としては覚えてなくてもよいでしょう。

 

今回はここまでです。